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武士の信念を貫いた若き隊士達
白虎隊士自刃の地
福島県会津若松市
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明治維新 真っ只中の1868年。日本国内では旧幕府と新政府軍が争う「戊辰戦争」が起こりました。
16か月にわたって繰り広げられた「日本最後の内戦」では、会津藩も旧幕府軍の勢力として出陣していました。
戦いは全国へと規模を広げ、激しさを増す中、会津では予備兵力として白虎隊(びゃっこたい)や玄武隊(げんぶたい)、朱雀隊(すざくたい)など複数の部隊が編成されていきます。
中でも白虎隊は16〜17歳、約340名の少年達によって構成されており、籠城していた鶴ヶ城から外に撃って出るほど重要な任務を与えられていたそうです。
開戦から1年あまり、力およばず戦場から撤退した白虎隊士達は滝沢峠を通って洞門をくぐり、この飯盛山へと辿り着きます。
山中から城の方角を見ると、炎や黒煙に覆われた市街地が広がっており、この光景を見た隊士達はついに城が陥落したと思い込みます。
敗戦と藩の滅亡を見た少年たちは、戻って生き恥を晒(さら)すより、潔く死を選ぶ「武士」の信念を掲げ、この地で自決しました。
そんな悲運の物語の舞台となるのが白虎隊士自刃の地なのです。現在は、この地で亡くなった白虎隊十九名の墓が整えられており、年間200万人もの人が弔いに訪れています。
高台に位置する慰霊地は、会津市街地を一望することができ、晴れていれば、美しい磐梯山も望むことができる絶景スポットとして親しまれています。
■ 基本情報
名称:白虎隊士自刃の地
住所:福島県会津若松市一箕町大字八幡字滝沢
最寄駅:JR会津若松駅(周遊バス5分)
営業時間:なし(散策自由)
料金:無料
定休日:なし
駐車場:周辺の駐車場を利用
※詳しい情報はホームページでご確認ください。